東京オリンピックに水球日本代表として出場した、ブルボンウォーターポロクラブ柏崎の志水祐介選手に話を聞きました。
パラリンピック水泳で銀メダルを獲得した、阿賀野市の中学3年生・山田選手の活躍はどのようにご覧になりましたか?
【志水祐介 選手】
「同じ場で戦った選手として、メダルをとる難しさを知っているからこそ、笑顔で泳げるというのはすごいことだと思うし、県にとってもうれしいニュースが舞い込んできたなと思う。今後もメダルを期待されると思うけど、プレッシャーを感じずに楽しく泳いでもらいたい」
そして、東京オリンピックの閉幕からは2週間が経ちました。柏崎に戻ってきて、今のお気持ちはいかがですか?
【志水祐介 選手】
「やっと自分の落ち着く場所に戻ってきたなという思いがあるし、県・柏崎市の皆さんが『応援していたよ。感動をくれてありがとう』という言葉をかけてくれて、本当にうれしかった」
大会を振り返ると、日本は残念ながら予選リーグ敗退となりましたが、最終戦・南アフリカ戦で実に37年ぶりとなる歴史的な勝利をおさめました。
この勝利は日本にとって、そして志水選手にとってどんな1勝でしたか?
【志水祐介 選手】
「決勝リーグには上がれないと分かっていたなかでの最後の試合だったが、今後の日本水球界がしっかり成長するためには、この1勝は大事だという気持ちで臨んだ。37年ぶりの勝利ということで、大きな一歩を踏めた」
志水選手も気迫のゴールを決めていましたね。
【志水祐介 選手】
「この試合は、選手・スタッフの『僕にどうにか点を決めさせよう、勝利をあげよう』という思い、愛を感じた試合だったので、自分自身も力が入った」
今大会限りでの代表引退を表明した志水選手は左肩のけがを乗り越え、この大会に臨みました。
【志水祐介 選手】
「最初に言われたのは全治1年という診断だった。このけがは投げるというスポーツの中でトップ選手として復帰した例はなかったので、自分自身も『もう引退だな』と、志水祐介というものすべてが失われたという気持ちが強かった」
Q.どう乗り越えた
「リオオリンピックのキャプテンとして多くの注目もあったが、このけがをした途端みんなぱっと離れてしまって『自分の存在が全くないな』と思っていたなか、県・柏崎市の皆さん、チームメイトからの『志水選手が代表に必要だ、戻ってきてほしい』という声援が『必ず復帰しないといけない』という力に変わった」
そして、志水選手はこの大会を“水球人生の集大成”と位置づけて試合に臨みました。
日本代表としての活動を最後にすると決めた理由は何だったのでしょうか?
【志水祐介 選手】
「正直、まだまだ代表選手としてプレーができる、引っ張れる自信はあるが、パリはもう3年後、その予選は2年後。僕の欲でプレーするのは、今後日本の水球界が成長しないという思いが強い。若い子には時間が必要なので、そのためにも退くというか、しっかり線を引かなくてはいけないという思いが13年代表にいたからこそ芽生えた」
今回、1年延期で開かれた東京オリンピックはいかがでしたか?
【志水祐介 選手】
「選手として延期というのは辛かったし、チームの最年長ということで1年間キープし続けるというのは難しいことだったが、以前のけがからの復帰、高い壁を乗り越えることもできたし、イベントや大会などが中止されるなか、開催させてもらえるという感謝、ありがたいという気持ちがあったので、この1年しっかり準備し直そうという思いが強かった」

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