“ミスタープロ野球”読売巨人軍の長嶋茂雄終身名誉監督が6月3日、肺炎のため亡くなりました。国民に愛されたミスター。日本中から悲しみの声、そして感謝の声があふれています。

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2014年、とある親子が公園でたまたま出会った、野球界のレジェンド。その後も出会うたびに、子どもと遊んでくれたそうです。

父親
「『はい大丈夫ですよ~OK!』とか言って、この人がみんなから好かれるわけがわかる。そういうのを感じました」

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おちゃめで飾らない人柄と、伝説に残る数々のプレー。多くの国民に愛されてきたミスター。

3日、有楽町では号外が配られました。

街の人
「もう大好きだった。ありがとう!それしかないです!ありがとう!」

80代
「英雄が亡くなった。1つの時代が終わったのかな」

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長嶋茂雄さん、89歳。

1936年、千葉県出身。高校時代は、現在の佐倉市にある高校の野球部で活躍しました。

当時を知る人は…。

長嶋さんの後輩
「長嶋さんは(2つ上の)先輩でございます。長嶋さんとベンチ越しに『おうおう』なんて懐かしい話は思い出す。当時はまさか今の長嶋さんとして想像できなかった」

母親が同世代
「母からは長嶋さんの話は聞いていました。特別に輝いている存在で人気者だった。『当時から抜群のいろいろなセンスがあった』と」

高校卒業後は、立教大学へ。東京六大学野球の記録を次々と塗り替え、スター選手として活躍します。

今、母校には、長嶋茂雄さんをたたえるモニュメントが設置されています。後輩へのメッセージも刻まれていました。

「自分のもっているもの、そのすべてを出し切ったら悔いのない一生になるはずです。自分を甘やかさないで何事にも積極的に取り組んで社会に出たら示すものをたくさん蓄えてください」

現役の立教大生
「立教と聞けば最初に出てくる人は長嶋さん」
「1つの時代を築き上げられた偉大な方だなと」
「父から聞いた話になるけど、戦後のスーパースター。日本を明るくしたというか、偉大すぎるOBというか。僕たち立教生にとっても特別な存在、誇りです」

大学卒業後、巨人に入団。“ミスタープロ野球”の歴史が始まります。

1959年(当時23歳)、天覧試合では…。

「四番・サード・長嶋」「ホームラン!長嶋のサヨナラホームランであります!」

17年の現役生活、巨人の黄金期を支え…。

長嶋さん
「我が巨人軍は永久に不滅です」

1974年に38歳で引退。翌月、巨人の監督に就任しました。背番号は「3」から「90」に。1976年(当時40歳)、監督2年目でリーグ優勝に導きます。

この頃、巨人ファンにとっての名店が、鹿児島にオープン。

記者
「カレーショップ90番。長嶋さんの大きな写真が飾られています」

長嶋さんの大ファンだという店主。リーグ優勝した当時は、100円カレーを出したそうです。

カレーショップ90番 岩切秀史店主(77)
「(作る際)屋号は90番って決めてた。太陽ですよ、あの人に元気をもらって仕事してきましたから」

一度、監督を退任しますが、1992年、再び就任。2度目の長嶋ジャイアンツ、伝説の一戦があります。

1994年10月8日、プロ野球史上初、勝った方が優勝の大一番。長嶋さんが「国民的行事」と呼んだ「10.8決戦」。

長嶋さん
「うちの選手はきょう燃えてましたね」

決戦の舞台となった名古屋には、長嶋さんが勝負メシとして気に入っていたお店があります。

それが、かき揚げ丼。いつも出前で注文が入り、球場まで届けていたといいます。

天ぷらかき揚げ「光村」水谷社長
「“かちあげ”丼“かちあげ”丼って『これ食べると勝った気がする』って話を聞いた」

──げん担ぎみたいな?

天ぷらかき揚げ「光村」水谷社長
「あったみたいですね」

店に来ることはなかったそうですが、ある日、直筆の色紙が届いたといいます。

天ぷらかき揚げ「光村」水谷社長
「ほんとに夢ですよ、僕らも。ミスターですからね、憧れの人。逆に会ったことないからこそ、ほんとにいたのかな? ほんとはこの店で食べていただきたかったが夢かなわず」

2001年(当時65歳)。

長嶋さん
「監督を退任致します。観客の皆さま、全国のプロ野球ファンの皆さま、本当にありがとうございました」

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その後、長嶋さんを待ち受けていたのは、病との闘いでした。

2004年に発症した脳梗塞をきっかけに、長いリハビリ生活を続けていた長嶋さん。そのさなか、都内の公園で定期的に会っていた家族がいます。吉田さん一家です。

公園でリハビリに励む長嶋さんと偶然出会い、ほぼ毎週、会話する関係が始まったといいます。

最初に出会ったのは、長嶋さんが国民栄誉賞を受賞した2013年。

約3年付き合いがあった吉田光範さん
「国民栄誉賞をお取りになったときにすごいな~と見ていて、その直後にまさかご本人が目の前に現れるとは思わなかったので、本当にびっくり仰天しました」

「僕が子どもを連れて行ったときには、子どもにも遊んでくれたりといいますか、まさかミスターが『ボールを貸してごらん』という感じで息子にボールを投げてくださって」

「とにかくオーラというか、例えるとミスターの後ろから後光が差しているような、太陽のようなあたたかい、なんともいえないオーラがミスターの体から出ていて、ああこの人が…みんなから好かれるのがわかるなっていうのを感じた」

最後に会ったのは、2016年。

約3年付き合いがあった吉田光範さん
「色紙をもって行って『ミスター大変厚かましいんですけど、はなむけに一筆いただけませんでしょうか』と言ったら、心よく引き受けてくださって。最初『なんて書いていたらいいのかな』というのをすごく悩んでいた。やっぱり『勝つ』かなということで、『勝つ』という言葉を書き始めて、長嶋茂雄3番って背番号も書いてくださって。本当に明るい方でした。分け隔てなく光が差すような、そういうのを感じる方でした」
(2025年6月3日放送「news every.」より)

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