その判定で壊れたのは、一つの打席ではなかった。
――“試合はプレーで決まる”という前提そのものだった。
完璧に見えた夜。
速球は支配し、変化球は消え、
打者は反応すら許されない。
すべては、計算通りに進んでいた。
だがその流れは、
バットが振られることもなく、
ボールが投じられることもなく、
ただ一つの“宣告”で断ち切られる。
だから問題は判定ではない。
――“勝負が成立していなかった”という事実だ。
そして空気が変わる。
抗議、ざわめき、怒り。
それまで積み上げられていたリズムは、
音もなく崩れていく。
試合後、言葉はさらに鋭くなる。
侮辱なのか、誤りなのか。
あるいは、理念の欠落なのか。
やがて議論は一つの領域へ到達する。
――ルールは誰のために存在するのか。
その問いに答えが出る前に、
決定だけが下される。
異例の処分。
明確な線引き。
だが、それでも残る。
ひとつの違和感が。
――あの夜、本当に壊れたのは試合だったのか。
それとも、
“信じていた公平性”のほうだったのか。

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