あの時、ファイターズに入団せずに本人の希望通り直接米国に渡っていたら、今頃どんな選手になっていたのかー。

2022年も数々の金字塔を打ち立てたエンゼルスの大谷翔平。

大リーグ初の投打での規定到達という偉業も希代の二刀流には、ただの通過点に過ぎません。

そんな大谷にとって大きな分岐点となったのが、2012年のドラフト会議です。

ドラフトの4日前に、マイナーリーグからのスタートも覚悟の上の大リーグ挑戦を表明。

NPB球団への入団の可能性はゼロとまで言い切っていました。

そこから大逆転の日本ハム入り。

もし単身アメリカに渡っていたら、日本ハムが1位指名していなかったら、山田GMと栗山監督が交渉に関わらなかったら、大谷家に愛犬がいなかったら、そして二刀流を提案していなかったら。

日本ハム入団までの1か月半を、当時のゼネラルマネージャーの山田正雄氏の言葉とともに振り返ってみましょう。

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